大正時代の和菓子を復刻。創業100年の老舗和菓子屋四代目の挑戦
1988(昭和63)年、周南市(旧新南陽市)生まれ。中学まで地元で過ごし、宇部の高校へ。福岡の製菓専門学校でお菓子づくりの基礎を学ぶ。福岡の和菓子店「お茶々万十本舗 富貴」にて5年間の修行の後、2011(平成23)年に帰郷。1921(大正10)年から続く和洋菓子店「伊豆屋菓子舗」の4代目として、父、母、妻とともにのれんを守り続けている。趣味は7歳のときから続けている柔道。高校2年生のとき、中国大会団体5位入賞を果たした。
創業100周年を記念して初代考案の和菓子を復刻
JR新南陽駅のすぐそばに店を構える「伊豆屋菓子舗」。ショーケースには、大福や最中などの和菓子、色とりどりのケーキが並んでいます。
伊豆屋菓子舗の創業は1921(大正10)年。以来100年もの長きにわたって多くの人々に愛され続けてきました。そして2022年2月、創業100周年を記念して、大正時代につくられていた和菓子が復刻されました。復刻されたのは、青のりようかん。初代店主の伊豆芳雄さんが考案したものです。
「話には聞いていましたが、誰も見たことも、食べたこともない。どんなレシピなのかも分からない。そこで、周南地域地場産業振興センターの協力を得て、パッケージやレシピ開発を進めていきました」と答えてくれたのは、4代目の伊豆 創(はじめ)さん。父親の聖城(せいき)さんとともに、一年かけて開発に取り組みました。
お菓子づくりを支えるのは家族のチームワーク
ようかんといえば小豆を使ったものを思い浮かべますが、この青のりようかんは白いんげん豆がベースです。材料は、北海道産の白いんげん豆、砂糖、寒天、食塩、青のりといたってシンプル。餡を炊くのは創さん、それを練るのは父親の聖城さんです。
「家族で協力し合いながら作っています。青のりを粉状にするのは母の担当。僕も父も母のようにうまくはできないんです。鉄板の上で水分をとばしながら手で揉みこむことで、きめが細かくなり、なめらかな舌触りのようかんに仕上げることができます。」
ようかんと青のりが合うのか。意外な組み合わせに少しドキドキでしたが、食べてみると爽やかな青のりの風味は後を引くおいしさ。ようかんに混ぜ込まれた青のりが磯を思わせます。
この青のりようかんの商品名は「なみのはな」。ネーミングに込めた想いをお聞きしました。
「祖父からこのあたりはもともと海だったと聞いていたので、海にちなんだ商品名にしようと家族で話し合いました。『なみのはな』は古今和歌集にも登場する言葉。波が寄せ返すときにできる白い泡立ちを花にたとえたものです。語感がよく、覚えてもらいやすそうだなと思って付けました。」
100年分の「ありがとう」で心と心をつなぐ
発売以来「なみのはな」の売れ行きは上々。徐々にリピーターも増えているそうです。
「100周年を記念して復刻しましたが、新たな主力商品になっていくようにこれから改良を重ねていきたいです。これを機にシリーズ化して、プレーンやコーヒーなど、味の種類をどんどん増やしていけたらいいなと思っています。」
どんな新作が出るのか楽しみです。
創業から100年。伊豆屋菓子舗のお菓子はたくさんの人を笑顔にしてきました。そこには通ってくださるお客様に対する100年分の感謝の気持ちが込められています。
「100年ってすごいですね、と言ってくださる方がいらっしゃるのですが、自分たちがすごいなんて思っていません。ここまで続けてこられたのは、通い続けてくださるお客様がいたから。育ててくださったお客様に心から感謝しています。」
100年という敷居の高さを感じさせない謙虚な姿勢。4代続く老舗の秘訣はここにあるようです。
地域に根差した和菓子屋として
1921(大正10)年に創業した「伊豆屋菓子舗」。「永源山」や「音羽の滝」など、地元の名所にちなんだお菓子も多いことから、地域への思い入れが感じられます。
現在はJR新南陽駅近くにありますが、創業当時は川崎観音近くに店を構えていたそう。
「向かいの家には、のちに海軍中将に出世された人が住んでいて、『徳山港に海軍が来るからまんじゅうを持ってきてほしい』と言われて曾祖父が売りに行ったこともあるそうです」と創さん。戦時中の歴史を物語るエピソードです。
戦争が終わってまちが整備され始め、周防富田駅(現在のJR新南陽駅)の開設に伴って駅前に移転したのが1933(昭和8)年。その後、駅前ロータリーができたときに少し店の位置が代わり、2011(平成23)年に建て替えられ、現在の店構えになりました。
「JR新南陽駅に改称されて何周年記念かのとき富田東小学校のブラスバンド部が参加した記念パレードがあり、姉もそのパレードに参加したのを記憶しています。」
駅の誕生とともに発展していった賑やかなまちの情景が思い浮かびます。
60年前から洋菓子も販売
「最近になって洋菓子を始めたと思っていらっしゃる方も多いのですが、実はもう60年になるんです。かなり前から手掛けているんですよ。」
もともとは和菓子専門店でしたが、2代目が東京の製菓学校で学んでいたとき、まちなかで100円ケーキが流行していたことから、地元に持ち込もうと洋菓子も始めるようになったそう。
そして、4代目の創さんが店を手伝うようになったのは今から10年前のこと。製菓専門学校で学んだ後、福岡の和菓子店「お茶々万十本舗 富貴」で5年間修行し、帰郷しました。
「小・中・高と好きな柔道を続けさせてもらった分、これからは親孝行をしたいと思い、24歳のときに帰郷して家業を継ぐことを決めました。ちょうど店の建て替えと重なり、タイミングよく新たなスタートを切ることができました。現在、父と母、妻の4人で店を切り盛りしています。」
不易流行。柔軟な発想で未来へつなぐ
伊豆屋菓子舗の名物ともいえるのが、あんこがたっぷり入った大判焼きです。
「大判焼きは小豆に限るというのが初代の遺言。一本突き詰めた方がおいしいものができると思うので、いまだに粒あん一筋を守り続けています。」
餡は、北海道産の小豆を使った自家炊き。その日の気温や湿度を確かめながら、あんこの炊き加減を調整します。ちょっぴり塩をきかせた控えめな甘さなので、甘いものが苦手な人にもおすすめです。
「同じ小豆でも日によって状態が変わるため、水の量やあんこを炊き上げる時間もその都度変わります。手間ひまはかかりますが、毎日同じではないので作るのが楽しいです。」
守り続けるだけが伝統ではありません。創さんが加わってから新しく仲間入りした商品もあるそう。そのうちの一つ、「あんブッセ」は和と洋のコラボレーション。ふわっとしたスポンジ生地に、優しい甘さのあんことほのかな柑橘風味の生クリームが挟んであります。大きめなので一つで十分かと思いきや、もう一つ手を伸ばしたくなるおいしさです。
シンプルかつインパクト大なのが「シベリア」。ジブリアニメの『風立ちぬ』で登場したことで気になっていましたが、ここで出会えるなんて。ふんわり甘いカステラにぎゅっと詰まったようかんはコーヒーとの相性も抜群です。
「伝統的なあんの魅力を若い世代にも気軽に楽しんでもらいたいという思いで考案しました。代々受け継がれている基本の味を守り続けることはもちろん大切ですが、お客さんのニーズに合わせて柔軟に変化し続けることも必要だと思っています。」
柔らかな口調からは、創業100年への気負いや気位の高さは一切感じられません。伝統を守りつつ、時代の変化に応じて新しい挑戦を続けている様子がうかがえます。
ちなみに取材日に店内に流れていたBGMはザ・ビートルズ。実は、父親の聖城さんは大のブリティッシュ・ロック好き。その影響を受けた創さんも、クイーンやオアシスなどを聴くようになったそう。ジャンルにとらわれないやわらかな発想は、こうしたところからも生まれているのかもしれません。
まちの人々とのつながりを大切に
お菓子に使う卵や果物などは周南産。できるだけ地産地消を心がけているとのこと。イベントにも積極的に出店するなど、地域とのつながりを大切にしています。
「2年前、イベントに出店したのをきっかけに、周南市のミルトンコーヒーロースタリーさんに和菓子に合うコーヒーをブレンドしてもらい、店頭で販売しています。暖かくなると、このオリジナルブレンドを使ったコーヒーゼリーも登場します。お客さんの層が広がりました。」
コラボすることで、互いのお客さんがお店を行き来するようになり、良い相乗効果が生まれているようです。
続けて、長くお店を続けていくなかで一番うれしいことは何か、創さんに尋ねてみました。
「顔見知りのお客さんが増えることです。昔から通ってくださる常連さんも多いですね。小さい頃、お母さんに連れられて来ていたお客さんが、最近スポーツカーに乗って来店されて、もう成人されたんだなって驚きました。」
店とともにお客さんも代替わりし、世代を超えて愛されているようです。
周南市への誇りと愛情
周南市や山口県には優れた技術をもつ菓子職人がたくさんいると話してくれた創さん。そこには、地域への誇りと愛着が感じられます。
「お菓子屋さんに限らず100年以上続く老舗もたくさんあります。そうした地域で頑張っている人とつながることで、周南市をさらに盛り上げていけたらいいなと思っています。」
一度は外に出たものの、生まれ育った周南市(旧新南陽市)に戻ってきた創さん。思い出の場所や地域の魅力をお聞きしてみました。
「思い出の場所は、店のすぐ近くのJR新南陽駅。小さい頃から遊ぶのもここ、悪さをするのもここでしたから(笑)。いまだに貨物列車を見るのも、人が乗り降りする様子を眺めるのも好きです。周南市には海もあれば山もある。自然が豊かで釣りもキャンプもできる。おいしいもの、おもしろい人、楽しい場所もたくさんあります。全て揃っているから住み心地がいいですね。」
最後に、周南市に望むことを聞いてみました。
「欲をいえば、公園や保育園、妊婦さんへのサポートなどの子育て環境が充実するといいのかなと思います。そうすれば、ここで結婚して子どもを産む人が増えるはず。子どもたちがここに住みたい!残りたい!と思えるような環境が増え、さらに賑やかになるといいなと思います。」
菓子職人としてだけでなく、一児のパパらしい優しい一面を見ることができました。
今日のお話を聞いて、伊豆さん一家の温かい人柄の上においしいお菓子がつくられているのだと感じました。次の100年に向けてどんな物語が紡がれていくのか、どんな新しいお菓子が生まれるのか、今から楽しみです。