モチベーションは、ただただ将棋が好きという気持ち。山口県初のプロ棋士となった徳田拳士さんに聞いてみた
棋士|徳田拳士さん
1997(平成9)年、周南市生まれ。6歳頃から本格的に将棋を習い始める。2006年に小学生倉敷王将戦低学年の部、2009年に小学生将棋名人戦で優勝。2010年、中学1年生で日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「新進棋士奨励会」に入会し、月2回大阪へ通いながらプロ入りを目指す。大学在学中の2018年4月に三段に昇段し、上位2人がプロ棋士(四段)になれる三段リーグに挑む。2022年3月、第70回奨励会三段リーグ戦で2位(15勝3敗)となり、4月に山口県出身者初のプロ棋士(四段)となった。同年、加古川青流戦でプロ入り後、初優勝を果たす。
プロになれるのは一握りといわれている将棋の世界で、山口県出身者として初のプロ棋士となった徳田拳士さん。生まれ育った周南市でどのような経験を重ね、プロデビューまでの道のりを歩んでこられたのでしょうか。大阪市にある関西将棋会館を訪問し、お話を伺ってきました。
きっかけは祖父の家にあった将棋盤
将棋を始めたきっかけは「祖父と父の対局を見たことから」と話す徳田さん。
「小学生に入学する頃たまたま年末の掃除で将棋盤を綺麗にしたからと、祖父と父が将棋を指し始めて。2人の対局を見るうちに興味を持ちました」
最初は回り将棋や山崩しといった駒を使った遊びから始め、徐々に本格的に将棋が指せるようになったそうです。
「祖父と父もルールを知っている程度だったのですぐに勝てるようになってしまいました(笑)」
その後、近所の将棋教室へ通い始めたものの、教室が閉校してしまいます。
縁が繋いだプロ棋士への道
通っていた教室がなくなってしまい、行き場を失ってしまった徳田さん。しかし、縁があり小学2年生の頃から高校を卒業するまで、全国アマチュア将棋大会などで優勝経験もあり同じ山口県に住む北村公一さんに個人的に教えてもらうことになりました。「いろんな方にご縁を繋げていただいた」と振り返ります。
たくさんの大人から手ほどきを受けてメキメキと頭角を現し、小学生の2大大会といわれる小学生倉敷王将戦と小学生将棋名人戦の優勝を果たします。
「自然とプロ棋士を目指すようになっていた」
徳田さんは、小学6年の時に小林健二九段に弟子入りし、小中学生の全国大会で優勝経験者などが集まる中で合格率が約2割という関西奨励会入会への試験に挑みます。
「小学生将棋名人戦で優勝したこともあり自信があったのですが、2次試験での対局の際、3連敗してしまって…。全国各地の大会で優勝するような人たちが集まっているので、そう簡単にはいきませんでしたね」
しかし、悔しさをバネに努力を続け、翌年9月に中学1年で奨励会入りを果たします。
「鬼の住処」奨励会での戦い
プロになるには「鬼の住処」といわれる奨励会で昇段し、四段まで上り詰めなければなりません。
中学高校と月2回大阪へ通いながら将棋の腕を磨き続けます。徳山高校を卒業後、同志社大学へ進学。2018年に三段に昇格し、ついに最後の壁となる三段リーグ戦に突入します。三段リーグとは、東西あわせて約30人が半年単位で戦うリーグ戦。四段(プロ)へ昇段できるのは上位2人のみ、1年に4人しかプロになれない厳しい世界なのです。
奨励会会員の年齢制限は満26歳まで。「大学を卒業する頃が一番焦っていました。プロ棋士になるか、社会に出て働くか、頭を悩ませていました」しかし一方で、周りは寛容だったといいます。
「親や師匠からはプロを目指したいなら、大学を卒業しても目指せばいいと言われて気が楽になり、それからは考えすぎないようにしました」
さらに背中を押してくれたのは、地元の人たちの存在だったといいます。
「地元の将棋大会で昔からお世話になっていた人たちと話すうち、そろそろ結果を出してプロにならないといけない」と闘志を燃やしました。
2022年3月、ついに三段リーグ戦で熾烈な戦いを勝ち抜き四段に昇格。山口県初のプロ棋士が誕生しました!
徳田さんは周南市に凱旋し、藤井律子市長を訪問。これまでを振り返りながらプロ入りの喜びや地元の方への感謝を述べました。
プロ入りをして加古川清流戦優勝。目指すはタイトル戦
プロ入り後の活躍は目覚ましく、若手棋士の登竜門といわれる加古川青流戦で初優勝を飾ります。
「対戦表ができたときから優勝を目指していましたが、トーナメント戦なので1敗も許されません。運もあったとは思います」
デビュー1年目ながら、2022年度勝率ランキングで一時期1位をマーク、11連勝の記録を残すなど期待の新人として注目を浴びます。
2022年10月の取材時、勝率9割という好成績について尋ねると「今期は勝率7割を目指していたので自分が予想するよりはるかにいい成績が出ています。運がよかったのかもしれません。出来過ぎだと思うぐらいです」と答えてくれました。さらに今後の目標について「プロ棋士のだれもが掲げるタイトルの獲得です。今後プロとして長い間戦っていくには、目先の勝敗に一喜一憂していたら身が持たないので、長期的に考え自分の課題克服や勉強法ついて学んでいきたいです」とこれからの展望を語ります。
モチベーションは、ただただ将棋が好きという気持ち
厳しい環境の中、くじけずにプロ入りまでたどり着いた原動力はなんだったのでしょう。
「ただ将棋が好きということに尽きます。負けが込んでいると嫌にはなりますが、やっぱり続けたいと思えるぐらい将棋が好きなんです」
さらに徳田さんは将棋の魅力についてこう語ります。
「将棋は、子どもも大人と対等に勝負し、勝つことができます。さまざまな年代の人と対局できるのが醍醐味。個人的には一から十まで1人で考えた上で、勝つも負けるも自己責任となるのが好きです」
そんな徳田さんの将棋スタイルは守るより攻める。「自分が攻められるように駒を組み立てます」と語ります。
徳田流 将棋との向き合い方
普段はどのように将棋を研究しているのでしょう。「AIを活用し、どんな対戦相手でも対応できるよう、いろんな場面での知識を増やしています。AIは今まで人が培ってきた感覚にはない手があって勉強になります。ただ、実際に人間同士で対局しないと分からないこともたくさんあるので棋士同士で練習日を作って将棋会館で指すようにしています」
さらに「対局をする上で取捨選択が大事」と徳田さんは話します。「対局中はずっと模試を受けているようなもの。特に、指し手を考える持ち時間の配分に気を付けています。本当に考えないといけないタイミングで力を発揮できるよう割り切って指すことも大事。そして相手を考えて良い手を指さないと負けるような局面に誘導し、持ち時間を使い切らせ、終盤に考える時間を短くさせるなどの駆け引きをしています」
併せて試合前のルーティンや話題の将棋めしについても聞いてみました。「対局前日は靴を磨くのがルーティンになっているかもしれません。そして、よく寝るようにしています。寝るのが趣味みたいなものなので(笑)。将棋めしは特に決めていませんが、勝つときに飲んでいた飲み物はよく飲んでいます。だから将棋めしは、炭酸水とジュースですね(笑)」
人生楽しんだもん勝ち 将棋以外も充実させていきたい
自身の性格について尋ねると「面白そうなことがあればとりあえずやってみるタイプ」だそうで、大学時代はインターカレッジサークルに参加し、他の大学の方々との交流やスキューバダイビングなどのスポーツにも挑戦していました。
「自分は将棋が全てというタイプではありません。将棋を仕事にできているのは幸せなことではありますが人生の一環として取り組んで、将棋以外も楽しんでいきたいと思います」
今でも息抜きに大学時代の友人とカラオケやご飯を食べに行くこともあるそうです。
「さまざまな業界の人とも接点を持ちなさい」という小林師匠の助言のもと、将棋以外のイベントにも積極的に参加している徳田さん。
「仕事の幅が増えて、いろんな業界の方とお会いする機会ができました。周南市のボートレース徳山のイベントでは、トップレーサーの方と接点が持てました。普段お会いできないような方に会えて刺激を受けます」
好きな言葉は「人生楽しんだもん勝ち」。プライベートでも「守るより攻め」な徳田さんにとって人生のテーマといえます。
地元周南市について聞いてみた
今の周南市で暮らす学生がうらやましくもある
高校生まで周南市に住んでいた徳田さんに当時の思い出を聞きました。
「JR徳山駅前がどんどん変わってきていて、今の学生がうらやましいですね。自分たちが学生の頃は、カラオケぐらいしか行っていませんでした(笑)。徳山高校へは電車通学でしたが、部活をしていて友だちと帰る時間が違っていたのであまり寄り道をすることがなかったです。帰りにお菓子を買って帰りたかったですね(笑)。買い食いする癖がつくと困るから自制していましたが…。でも最近は自制できなくなりつつあります」と笑顔で語ります。
地元を離れてから改めて周南市がどう見えるかも尋ねてみると「自然がたくさんあって空気がキレイで、まちの雰囲気も良いから落ち着きます。ご飯もおいしいですし」と徳田さん。
「釣りが趣味なので、帰省したら家の近くの海で釣りをします。学生の頃は晴海ふ頭もよく行っていました。あとは新南陽のゴルフ練習場にもよく足を運んでいます」
アクティブな徳田さんらしいスポットが上がりました。
これからの周南市に思うこと
「今後自分が活躍することで周南市が盛り上がれば、これほどうれしいことはありません。今は将棋ファンの方も増えていて、たくさん応援の言葉をもらっています。昔からお世話になっている方も地元にたくさんいますし、恩返ししていければいいなと思います」と地元への思いを語ってくれました。
2023年1月現在、プロ棋士として活躍しているのは170人ほど。厳しい世界に身を置く中でも、緊迫した局面で平常心を保ち自然体で実力を発揮する徳田さん。
「取材も写真撮影もまだ慣れません」と言いつつも、終始気負わず爽やかな笑顔で対応してくださいました。
新進気鋭のプロ棋士として快進撃を続ける徳田さんに、これからも目が離せません。
記事:西山 優歌 / 写真:高木 美杜
執筆時期:2022年12月
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関連リンク
公益社団法人 日本将棋連盟 徳田拳士|棋士データベース
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