折り紙は会話のツール・発明の原点。1枚の紙が持つ無限大の可能性を信じて活動する「周南おりがみ研究会」の挑戦
松田邦夫。1947年生まれ、山口県防府市出身。1989年に周南市に移住。周南おりがみ研究会会長のほか、徳山小学校運営協議会や周南市立図書館協議会でも委員を務めるなど、さまざまなボランティア活動に精を出す。学生時代は野球、現在はマラソンとサイクリングが趣味。マラソンはこれまで53レースに参加し、初めてのレースは東京マラソン。日課は朝6時半からのラジオ体操と、子どもたちの見守りも兼ねた10kmウォーキング。折り紙は母親から教わったもの。
メンバーは小学1年生から70歳代! 8年続く「周南おりがみ研究会」
2014年10月に誕生した「周南おりがみ研究会」。周南市市民活動支援センターに約300登録されている、さまざまな分野の市民活動グループやボランティア団体のうちの一つです。創立は会長を務める松田邦夫さん。松田さん一人で立ち上げた研究会ですが、現在は小学1年生から70歳代まで25名の会員がいます。主な活動は毎月1回の例会で、2022年3月に80回目を迎えたばかり。例会では毎回テーマを決めて、思い思いに折り紙を折って作品を作っていきます。メンバーの中には「折り紙の達人」もいるので、折り方を教わりながら作品づくりができるのも嬉しいところ。達人の一人は、徳山小学校で折り紙教室を開催した際に松田さんがスカウトした男の子。高校生になった今でも勉強の合間に顔を出してくれるそうです。
以前は徳山動物園わくわくフェスタやJR徳山駅前ふれあいトークなどのイベントでも折り紙教室をしていましたが、長引くコロナ禍の影響でイベント自体が中止になることも多く、思うように実施できていないのが現状です。松田さんをはじめとする研究会のメンバーは、1日も早いコロナ禍の終息を願い、安心して再開できる日を心待ちにしています。
実は周南市のあちこちに飾られているおりがみ研究会の作品たち
周南おりがみ研究会の作品は、周南市のあちこちで見ることができます。例えばJR徳山駅では、新幹線口にあるツルのモニュメントの周りが折り紙で飾られています。周南市観光交流課とのコラボ企画として2021年11月にスタートし、テーマは季節ごとに変わるとか。1・2月は赤で干支の虎、2・3月はピンクで桜やお雛様、4・5月は黄色で菜の花など、大体半年先まで予定を立てているそうです。「周南市は、オランダのデルフザイル市、オーストラリアのタウンズビル市、ブラジルのサンベルナルド・ド・カンポ市の3都市と姉妹都市提携をしているので、もし来日される場合はそれぞれの国のナショナルカラーで飾りたいと思っています」と松田さん。おもてなしの心を折り紙で表現しようという試みです。ほか、例会の会場となっている周南総合庁舎のロビーや徳山ポートビルの待合室にも作品が飾られており、訪れる人々の目を楽しませています。
「折り紙は会話のツール・発明の原点」。もっともっと広めたい!
松田さんが折り紙の奥深さを知ったのは、母親と伝承折り紙をして過ごす時間の中でのことでした。日頃は聞けない母親の本音が、折り紙をしながらだと自然と引き出せることから、コミュニケーションツールとしての魅力を感じたそうです。もう一つは、1枚の紙が持つ無限大の可能性です。無限の折り方があり、無限の作品を作り出せることに、強く惹かれていったといいます。しかし、日本の伝統的な遊びであるにも関わらず、現代の日本においてマイナーな存在となっている折り紙。松田さんは折り紙を廃れさせないために、一人でも多くの人に折り紙を広め、その奥深さを知ってもらいたいと思うようになっていきました。
悩んでいた松田さんを後押しし、周南おりがみ研究会を創立させたのは、国内外のさまざまなメディアによる折り紙に関する報道でした。中でも、「折り紙の技術は鉄鋼やアルミニウムにも活用でき、産業機械のデザインやファッション、建築にも応用できる」という記事が、「折り紙で子どもたちを育成し、発明につなげたい」と松田さんを奮起させたそうです。そして創立から8年、松田さんは「折り紙は会話のツール・発明の原点」をフレーズに日々折り紙の普及に努めています。
折り紙を通じて、たくさんの人と交流し、地域を高めたい
現在、折り紙がもたらす効果は国内外にて高く評価され、教育・医療・工業などさまざまな分野が注目し、積極的に取り入れ始めています。例えば、医療現場においては、折り紙は脳の活性化を促す効果があるとされ、介護やリハビリの手段として利用されています。教育現場では、手先の器用さや創造的に考える力を育む方法として小学校の授業に取り入れられています。工業においては、折り紙の手法を応用し、※ハニカムコア(蜂の巣状構造体)を簡単に作り出す方法が考案されたりするなどと、技術の発展をもたらしています。
※軽量、高強度、衝撃吸収性が高いなど、優れた性質を持っており、緩衝材などに生かされています。
「日本で折り紙の機運が高まっている」と笑顔で話す松田さんに周南おりがみ研究会の今後の目標を尋ねてみました。
「ただ折り紙をする場ではなく、たくさんの人と交流でき、手と脳を使うことで健康寿命も延ばし、未来を担う子どもたちを育成する、そんな場所にしていきたい。そうすることで地域を高めていきたいです」。
周南おりがみ研究会では、会員を随時募集中。小学1年生以上なら誰でも大歓迎しています(ハサミを使う場合があるので、万が一のために未就学児はお断りしています)。紙1枚あればできる日本の伝統的な遊びに挑戦してみたい方はぜひ一度お問い合わせを。ちなみに、折り鶴だけでも500種類くらいの折り方があるそうですよ。
1989年にお隣の防府市から移住し、周南市に居を構えた松田邦夫さん。移住先に周南市を選んだ理由や、周南市の好きなところ、周南市に期待することなど、松田さんにとっての周南市をたくさん語っていただきました。
周南市は5つの条件をクリアした松田さんの理想のまち。
高校までを地元の防府市で過ごし、県外の大学に進学した松田さん。卒業後は銀行に就職し、いわゆる転勤族となりました。定年退職を迎えるまで勤め上げましたが、勤務地が広島県になった15年間は山口から新幹線通勤をすることに。その新幹線通勤が周南市へ移住するきっかけにもなりました。
「地元の防府市には新幹線が停まりませんから、やはりちょっと不便だったんです。職業柄、帰りが遅くなることもしょっちゅうでしたから。ですから、居を構えるなら新幹線の停車駅があるまちがいいと思いました。」
新幹線の停車駅は、山口県内に複数あります。その中でも周南市を選んだのは、一体なぜだったのでしょう?
「どうせなら山口県の一番いいところに居を構えたいと、自分なりに考えた5つの条件を設けました。それを見事クリアしたのが周南市だったんです。まず一つ目は、放送局があること。2つ目は大学があること。3つ目は新幹線が停まること。4つ目は駅に直結する港があること。5つ目は公園がたくさんあることです。」
周南市にはKRY山口放送の本社があり、周南公立大学(旧徳山大学)があり、JR徳山駅には新幹線が停まります。そして、JR徳山駅の徒歩圏内に徳山下松港があり、化学コンビナートをはじめとする臨海工場地帯を支える工業港として重要な役割を担っています。公園がたくさんあることについて、徳山エリアでは、一人あたりの公園面積が16.47㎡と全国平均の約1.5倍の公園の広さが今もあるそうです。
「この5つの条件をクリアしていれば、経済的にも文化的にも素晴らしいまちといえると思い周南市に住むことに決めました。当時は、JR徳山駅の駅ビルの屋上にアサヒビールの大きなネオン看板が輝いていて、看板を掲げる駅として選ばれていたことがちょっと誇らしかったですね。」
緑も海もあって住みやすく、たくさんの出会いがある周南市。
松田さんに周南市の住み心地を尋ねると、「住みやすい!」と即答でした。学生時代は野球部に所属し、現在はマラソンとサイクリングが趣味というスポーツ好きの松田さんにとって、周南市はワクワクするまちでもあるそうです。
「公園がものすごく多いのがいい。手軽に運動できるし、緑も多いし。健康を維持するには、やっぱり自然がないとね。」
毎朝6時半にラジオ体操をして、トレーニングと子どもたちの見守りを兼ねた10kmウォーキングを欠かさないという松田さん。2〜3時間かけて自宅から港まで往復するそうです。
「周南コンビナートにはたくさんの会社がありますから、港に行くといろんな出会いがあります。そこにお勤めの方はもちろんですが、県外から出張で来られた方や、取引先の方々。駅近くのホテルに宿泊された方は、朝、私のようにウォーキングもしていらっしゃいます。そんな方々に声をかけて周南市を案内すると、とても喜んでもらえますよ。そうそう、周南市には長嶋茂雄さんもよく来られていたそうです。どうやらマネージャーさんが周南市出身らしく……。たくさんの出会いから掴んだ情報です(笑)。」
また、もう一つの住みやすいポイントとして、インフラが整備されていることも挙げてくれました。
「周南市内のインフラが整っているのは、第二次世界大戦中(1945年)の徳山大空襲で市街地の約90%が焼失しましたが、先人たちが復興に尽力し、今のまちの基礎を築いてくれたからだと思います。感謝しかありません。」
移住して30年を超え、ウォーキングやサイクリングで周南市のあちこちを回った松田さんは、今ではまちの歴史にも精通しています。そして、周南市誕生3周年を迎えるにあたり、平成18年に制定された「市民憲章」に深く感銘を受けていると続けます。
理想は周南市民みんなで市民憲章を実践すること。
【周南市民憲章】
わたくしたちは 自然と産業が調和した周南市を愛し
ともに輝きながら 心豊かに暮らせるまちをめざし
次のことを誓います
1.自然を大切にし 水と緑の美しいまちをつくります
1.みんなで助け合い 安心して暮らせるまちをつくります
1.元気に働き 豊かで活力のあるまちをつくります
1.スポーツに親しみ 健康で明るいまちをつくります
1.教養を深め 自らが輝き 世界に誇れるまちをつくります
「周南市役所の南側の敷地に市民憲章が刻まれた石碑があるのをご存知ですか? 私はたまたまウォーキングのときに発見したんです。気づいてからは通るたびに眺めています。特に第5条が好きで、『周南おりがみ研究会』の活動は、これに通じると思っています。市民みんなでこの市民憲章を実践すれば、周南市はもっともっといいまちになると思います。」
「折り紙を通じてたくさんの人と交流し、地域を高めたい」という自身の思いと5項目がリンクすると語る松田さんの表情は生き生きとし、周南市への愛を感じさせます。
大好きな周南市には、地域経済の中枢になってもらいたい。
「周南市でお気に入りの場所はどこですか?」という質問になかなか答えられない松田さん。理由は「ありすぎるから」といいます。
「いろいろあるんですよ…。サイクリングでいろんなところに行くから。まずはソレーネ周南。春休みや夏休みは子どもがたくさんいて、一緒に折り紙をするんです。『おじいちゃんとおばあちゃんのところに行くの?』とか『九州に行くの?』とか会話を楽しみながら。折った折り紙は思い出にとプレゼントします。今は難しいですけど、コロナ禍以前はそういう交流が頻繁にありましたね。あとは、コンビナートを眺めるのも好きですし、親水公園も好き。昔はフェリーに乗って大津島に渡り、サイクリングもしていました。今は居住者が少なくて、イノシシの方が多いんじゃないかな?(笑)」
目を細め、優しい笑顔で周南市の好きな場所を語る松田さんは、続けて周南市で今後叶えたいことについても話してくれました。
「とにかく人にたくさん来てもらいたい。そのためにはたくさんイベントに出て、周南市を盛り上げていきたいですね。それと、折り紙を広めることで、みんなを元気にしていきたいです。みんなが元気になれば、私も元気になれますので。そして、元気になったみんなで活発に情報交換をしたいです。活発な情報交換は、地域を活性化する一つの要素ですから。」
松田さんは、周南公立大学が生まれたことで、この先周南市にもっと若い人が増えることを大いに期待しているそうです。人口が増えること、もっといえば若い力が集うことによる周南市のさらなる発展を願います。
「周南市には地域経済の中枢となり、情報拠点となってほしい。」
最後は真剣な表情で締めくくった松田さん。松田さんの活動が実を結び、その願いが届きますように。
周南市役所にある市民憲章の石碑を、ぜひ一度見に行ってみてください。松田さんのように感銘を受け、周南市民は周南市愛がさらに深まり、市外の方は周南市に住みたくなるかもしれません。いずれにせよ、周南市がいいまちであることが伝わるはずです。